風の声を聴く
第3回
2021-08-19
澤田由紀子 小児科医 高知県
私の今の仕事場は日本最後の清流と言われている高知県、四万十川の中流で、いわゆる過疎地です。多世代家族がまだ残っており、また地域の方々が近所の子どもを自分の子どもの様に見守ってくれています。日本の古いいい子育て文化が残っている地域です。
医師になって3年目に高知の地域医療に従事することになりました。学生のころから乳幼児精神保健に興味がありましたが、高知の子ども達はきっとのびのびと育っているので心配はいらないだろうと考えていました。しかし、現状は違っており、長男であるがために家を継ぐことを強いられて自分らしく生きることができない子どもや、少人数であるがために仲間の中での自分の立ち位置を変えられず生きている子ども、また高知県は貧困が多いのですがそのために自分の進路が閉ざされ学ぶ意欲がなくなっている子どもなど、不登校も多く予想に反して子どもが、もがき苦しんでいました。
その現状を知り、自分は自分でいい、自分らしく生きていける力を付けてもらいたい、自分の他人も大切にできる人間になってほしい、そのためには教育現場に出ていくことが今後の様々な問題の予防になると考え、始めたのがいのちの学習「カンガルーのぽっけ」です。
2004年、カナダトロントで、学校現場で行われているRoots of Empathy(ROE)を学んできました。ROEとは共感教育であり、いじめや暴力、虐待等子どもに関する問題を予防できることが分かっています。ちょうどそのころ医療現場では携帯用エコーが出始めておりました。医学教育の中で私が一番感動した胎児エコーを子どもたちに見せる学習を行うことを考えながら研修を行いました。
帰国後2006年からいのちの学習を始めました。主に保育現場で定期的に行っておりますが、小中高の現場でも依頼があれば年齢に合わせて行っております。
ある時保育園での健診で子ども達から「聴診器で何が聴こえるのか?」という素朴な質問がありました。その場で自分の心音を聴かせてあげました。驚き感動している子どもたちの顔を見て、命を大切にする原点は自分の体を知ることから始まるのではないかと考えるようになり、自分や友達の心音を聴くという学習を必ず行うことにしています。
その他、子宮内で月齢ごとに大きくなる胎児の人形を抱っこする、妊婦さんの協力のもと胎児エコーを見る、自分のいいところを友達から聞く、自分が生まれた時の話を親や祖父母・曽祖父母に聞きどれだけ大切な存在なのか感じてもらうなど子どもの普段の様子から何を先生が伝えたいかを参考に学習内容を考えています。先日は保育園で障がいのある子どものお母さんが講師になり、自分の子どもの障がいについてわかりやすくお話をしてくれ、障がい者マークをみんなで学びました。子どもが少ない地域だからこそ子ども全員が体験できる学習を心がけています。
保育園の子どもでも子宮・へその緒・胎盤の名前、働きを理解しています。ある男子小学生は弟の出産に立ち会い、自ら看護師に「胎盤を見せてください」とお願いし、観察し、次の学習時に大きさ、色、触った感触など説明をしてくれました。
看護師からとても驚かれたとお母さんが話していました。
妊娠中のお母さんの胎児エコーを見た男子高校生は「お母さんはおなかが大きくなくても赤ちゃんいるんだ」とつぶやきました。こういう経験が虐待予防や高知県で問題になっている人工妊娠中絶の予防につながるのではないかと信じています。
この学習を幼稚園や小学校で受けた子どもたちが親の世代になっています。どういう親になるのかこの学習が子どもたちの心にどう生きているのかこれからが楽しみです。