風の声を聴く
第9回
2022-01-09
頑張っている日本のお母さんに伝えたい、ドイツの子育て
勝丸雅子
私は小児科医として大学病院で10年以上、心身症の子ども達の治療に携わってきました。現在は2人の子どもを育てながらドイツで生活しています。長男は日本、次男はドイツで生まれ、日本とドイツ両方の保育園を見てきました。ドイツと日本の子育ての違いを感じる日々の中で、自分自身の育児についても見直すことが多かったので、ここに紹介したいと思います。
「子育てしやすい国」ドイツ
Asher&Lyric社が発表している「子育てしやすい国ランキング」というものがあります(The Best Countries to Raise a Family in 20201))。これはOECD35カ国を対象に、安全性、幸福度、コスト、健康、教育、家族との時間を様々なデータをもとに評価したものです。日本は25位であるのに対し、ドイツは7位と世界の中でも子育てしやすい国であると評価されています。実際、私の周囲の日本人ママは口を揃えて「子育ては日本よりもドイツの方がしやすい。」と言いますし、私もそう感じます。この「子育てしやすさ」はどこからくるのでしょうか。
保育園は0歳から無料、親も自分の時間を大切にする
ドイツの子育てしやすさの理由の一つ目に、手厚い出産育児支援政策があります。この政策により、2011年に戦後最低(1.39)を記録した出生率はその後上昇に転じ、2020年には1.53となりました。この10年で出生率が10%も上昇していることになります。一方で、日本の2020年の出生率は1.34で、この10年間横ばいの状態です。
私の住む州では、2021年現在、保育園は0歳から無料です(ドイツには幼稚園と保育園の区別がありません。ここでは一律に「保育園」と記載します)。子どもが1歳になったら、親が働いているかどうかに関わらず、保育園に入るのが一般的です。午前中の公園には子どもはあまりおらず、いるとしても歩けないくらいの赤ちゃんだけです。日本から来たばかりの時は、「子ども達は午前中どこに居るのかしら?」とびっくりしたものでした。
ドイツでは、保育時間中の親の行動に制限はありません。子どもを預けている間ずっと仕事をしている必要はなく、家事や買い物をしたり、友人とお茶をするのも自由です。一方で、東京で息子が通っていた認可保育園では、「保育時間中に家事や買い物をしてはいけない」という規則があり、保育は親が仕事をしている時間に限定されていました。
仕事をしていない親が保育園に子どもを預けるというと、日本では親自身が後ろめたさを感じたり、批判を浴びることも多いのではないかと思います。ドイツでは、親も自分自身の時間を持つことが大切だという考えが根付いており、子どもを保育園に預けることへの批判的な意見は聞いたことがありません。子育て中の親も、自分を大切に、余裕を持って生活できる仕組みが整っていると思います。
子どもは子どもらしく、大人は大人らしく
ドイツで子育てしやすい理由のもう一つは、「無理しない」文化的な考え方にあると思います。公園に行けば子ども達が元気に遊んでいますが、親は基本的にベンチに座ってのんびりしています。保育園でもそれは同じで、先生達はベンチに座って熱いコーヒーを飲みながらおしゃべりしているのをよく見かけます。子どもがどうしても困った時に対応するためにそこにいる、という感じで、ゆったりと時間を楽しんでいるように見えます。これには私も最初はびっくりしましたが、子どもは子ども同士で自由に遊び、大人はそれを見守る、というのがドイツの基本的なスタイルなのです。「大人が頑張って子どもの面倒を見る」という構図はドイツにはありません。子育てをしていても、大人は大人の時間を楽しむのがドイツ流です。
ドイツ人は子どもに対して寛容だと思います。子どもを連れて歩いていると、すれ違う時には微笑みかけられ、1日に何回も「かわいいね!」と声をかけられます。子どもが大きな声で騒いだりぶつかったりしても嫌な顔をされることは稀です。むしろ、「子どもだからいいのよ。」と言われ、微笑まれたりします。外遊びをする子どもたちはいつも泥んこです。外に出るときは、工事現場で着るような外遊び用の防水のつなぎを着て、とにかく泥んこになって遊ぶのです。道端の水たまりをバシャバシャと自転車で駆け抜ける息子への周囲の視線はいつも温かく、「いいね!」と声をかけられます。「Kinder sollen Kinder sein.(子どもは子どもらしくあるのが良い。)」というのがドイツの子育ての理念です。
子どもは1人の人間として早くから自立するように育てられます。子どもと親の間にははっきりとした境界があるため、「子どもがしたことは親の責任」というような、親子を一括りに扱うような考え方はないのです。例えば、子どもが他の子どもを叩いても、親は謝りません。よくある対応は、叩かれた子どもに対し、ちゃんと自分で文句を言うように親が促し、子ども同士で解決させる、というものです。子どもがしたことはあくまで子ども自身の責任と考えるので、余程重大なことでない限り、親が責任を感じるということはありません。また、子どもは夜7時半には自分の部屋に行き、1人で就寝するようしつけられます。夜は大人の時間であり、親も自分の時間を楽しむべきであると考えられているのです。
このように、親が子どものために無理をして時間や労力を削ることはありません。大人も自分自身を大切にできる環境があるからこそ、子どもに対して子どもらしさを尊重できるのかもしれません。大人も子どもも無理をしない、というのがドイツの子育て文化であり、それが子育てのしやすさにつながっているように思います。
無理せず、自分の「内臓感覚」を大切にする文化
ドイツ語には「頑張る」という言葉がありません。広辞苑によれば、頑張るとは「どこまでも忍耐して努力する」という意味ですが、ドイツではどこまでも忍耐することが美徳だという意識はないのです。それに対して、大事にするのは「Bauchgefühl(内臓感覚)」。自分の腹の奥にある感覚を大切に、無理をせず自分の心に寄り添っていくのがドイツの文化なのです。
親だって、自分の感覚を大切に!
大人も子どもも自らの感覚を大切にして、無理をしないドイツ。私もドイツに慣れてくるに従い、日本にいる時よりも余裕を持って子どもに向き合えるようになった気がします。日本から見ると手抜き育児なのかもしれませんが…。でもその分私が私らしく居られれば、子ども達も子どもらしく居られるはず、と信じて、気楽に生活しています。ドイツには、それができる社会の雰囲気があると思います。
日本で小児科医として働いていた頃、たくさんのお母さん達に会いました。日本のお母さん達はみんな、日々へとへとになるまで頑張っています!日本には、子どものためならどこまでも忍耐するのが母親の役目である、という雰囲気があります。お母さん達が無理しすぎているために、自分自身を見失っている場合も多かったように思います。
そして日本の保育士さんも、とても真面目で身を粉にして働いている方が多いと思います。一人一人の子どもへの配慮、親への気配り、連絡帳への丁寧な記入、行事の準備など…保育士さんは常に子どものために動いていなければならない、という雰囲気でした。日本で息子が保育園に通っていた頃、保育士さんには感謝すると同時に、ちゃんと休めているのかと心配でした。
もちろん、子どものために頑張れるのは素晴らしいことだし幸せなことです。でも、子どもを子どもらしくのびのびと育てるためにこそ、少しドイツ流の子育てを取り入れて、大人も無理せず自分を大切にする時間があってもいいように思います。