風の声を聴く
第12回
2023-04-10
「育てる」
牧真吉 精神科医 愛知県
愛知の誇り藤井聡太さんが六冠になりました。七冠も見えてきています。どうしたらこんな人を育てることができるのでしょう。ネットで調べると母は好きなことをやらせてきたと書いてあります。今回はここから話を広げていきます。
この母は決して将棋で強くなれと思って育ててはいないと思います。好きなことがどんどんできるように環境を整えることはしていただいています。せめて高校だけは卒業してということもきっと言っていないのだろうと思います。周りの子どもと同じようにできない子に対する最も適切な対応をしてきたのだと考えます。
藤井聡太さんは誰が考えても天才です。普通の人ではありません。多くの子どもは普通に近く育っていきます。全く普通(平均)の子どもはどこにもいません。細かく見ればみんな一人ひとり違って育っています。だから子育ては難しいと言えます。こうしたらこうなるというほど単純ではありません。やってみてうまくいかなければ修正して対応するのがきっと子育てだと考えます。これが今わたしたちにとって一番難しいことです。学校の教育の中で正しい答えがあるということを繰り返し教えられてきてしまいました。確かにその子一人にとっての正しい対応はあるのかもしれません。そうして藤井さんは育ってきたのでしょう。万人に正しい対応などはありません。答えを教えてくれるのは子どもなのです。本やネットをいくら探しても正しい方法は書いてありません。実行可能な方法は書いてくれてありますので、試してみる価値はあります。それが正解かは子どもの反応を見て教えてもらうしかありません。
子どもはうまく反応してくれています。こんなことはたまらないといろいろな問題行動を起こしてくれます。そこに気がついて修正することができるかをわたしたちは問われています。これが一番難しいことです。学校では先生が正しい行動を教えようとしています。そうではないのです。子どもの方が間違っているよと教えていてくれるのです。わたしの対応を変えるしかありません。教室のなかの子ども全員に同じ対応がうまくいくはずがありません。子どもは一人ひとり皆違っているからです。そう思うと40人に対して一人の教師で教えるなどはとても無理なことをしていると気がつきます。無理なことをしているのだと気がつくことから始めていくのがいいでしょう。
保育所でも同じことです。3人の幼児に対して同じようにできるようにというのは一人ひとりを無視した要求です。それでも平均ということがありますから、かなり幅を広く取って対応すると治まることが多いのです。最近は正しいということでこの幅を狭くしてしまっていないでしょうか。昔はそんなにうるさいことは言っていなかったかもしれません。私の子ども時代には袖口が鼻みずでテカテカになっている子どももいました。靴下には穴があいていることが普通でした。履いていない子もいたように思います。一人ひとり違った環境の中で育ってきていますし、一人ひとり持っているものは違っています。
まして天才などと言われる人は普通ではありません。子どもの頃は2階の窓から出入りしていたという話まで聞いたことがあります。皆とはあまりに違うから天才ですよね。そこに対応していくのはとてもたいへんです。他の子と同じようにすることができません。ある意味とても育てにくいお子さんです。その子のしたいようにと認めることはとてもたいへんです。周りからは、これができるように教えないといけないと言われてしまいます。でも、子どもがいきいきと活動しているならば、それはこの子にとっては正しいことではないかと思えるかどうかです。
正解は子どもが教えてくれる。本やネットで探すのではなく、子どもに聞きましょう。その目や耳をわたしたちが持つようにしましょう。言葉で伝えてくれることはかなり大きくなってからです。ほとんどは行動か身体症状になります。それはわたしたちに違っているよと教えてくれていることです。育てるとは正解を探すことを積み重ねる行為です。