風の声を聴く

第13回

2023-04-10

 

「診察室のカイロス時間」

赤平幸子 看護師 青森県

 

新型コロナウィルスに対する規制もようやく緩和されました。新たに重ねられてゆく親子のカイロス時間を支援者としてどう関われるか今一度考えてみました。

 

15年ほど前、県の小児保健学習会で初めて渡辺久子先生の講義を聴講する機会がありました。その講演のテーマは摂食障害でしたが、私にはクロノスとカイロスの話が一番深く記憶に残りました。検索するとクロノスとはいわゆる数えられる時計的な時間を指し、カイロスとは出来事の連続性や重なりによる時間、主観的な時間を指すとあります。渡辺先生はクロノスを社会・ビジネスの時間、カイロスを一回限りの生命の時間と仰っていました。その日私は生まれたばかりの赤ちゃんから始まる(おそらく胎児期から)カイロスの時間が如何に大切であるかを知ることになりました。特に乳幼児期の主な養育者(多くは母親)と過ごすカイロス時間の質はその後の子どもの育ちや人生に影響をもたらすことから、自身の育児支援のあり方を振り返り、全ての行動には意味があるように、自身の取った行動の意味を考え学ぶ機会となりました。

 

それから私は、限られたクロノスの時間である診察時間をどうしたら親子のカイロスの時間にできるのかを考えるようになりました。そこで、私の得意な「褒める」とちょっとだけ得意な「気持ちに寄り添う」を意識的に発揮することで笑顔を引き出し、いいなと思うことやこういう気持ちなのではと感じたことを私の言葉で伝えるようにしました。初めての受診(主にワクチンデビュー)では、特に意識的に「しっかりお話を聴いていますね。お母さん(上の子・家族も)がよく声がけしてるんじゃないですか?沢山かまってもらっている子の反応ですね。可愛いですね」と赤ちゃんを介してお母さんを褒めると、殆どの母親は子どもに笑顔を向けて声かけします。上の子が撫でに来るという話をされる方には「お母さんが自分のことも好きでいてくれて自信のある上の子は下の子を可愛がりますよ。お母さんは上の子も同じように可愛がっているのですね。上手ですね!」と伝えます。するとお母さんはそうかなあと苦笑いしたり、良かった!と安堵の表情をみせたりと反応は様々ですが、お母さんなりにお子さんとの時間に意識を向ける機会になっている様子が見られるとこちらも温かな気持ちになります。

 

また、不登校や不適応などの子どもの診察では、苛立ちや悔しさ困り感などの態度が見られると、何とかしてあげたい気持ちが先走り、私自身も自分の意志を越えて無意識のうちに目の前の親子に反応していることに気付かされました。しかし、一緒に混乱していてはいけないと思い、その時感じた感情を「それは悔しいね」「そんな対応なら(私も)ムカツクよ」など私の言葉で声に出してみると、一旦お互いの感情がトーンダウンして話題が次に進むことがあります。

 

一緒に笑ったり怒りがこみ上げたりと親子に同調する自分の反応に驚くこともあれば、反射的に表れた反応に落ち込み、自身の未熟さを省みることもしばしばあり、良いときもそうでないときも、私は何に反応してどんな態度が引き起こされたのかを考えるようになりました。そうやって目の前の親子とのやり取りから自分との付き合い方を学んでいるように思います。ここでのやり取りの瞬間は私にとっても診察介助の時間がカイロス時間であり、自分を知ることで、限られた時間を未来に繋がる生命の時間として目の前の親子と共有できるのではないかと考えています。小児科という小児期の限られたクロノス時間のなかで、親が子育てから心の報酬を実感し、子どもは親から愛されていることを実感できる「カイロス時間」の積み重ねを応援できる支援者をこれからも目指してゆきたいと思います。